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2021年4月9日

中高年の健康戦略(32) 「不安(2)」富士通川崎病院 顧問 行山康

 健康戦略に「不安」などということが関係あるかということだが、自分はもともと心と体は極めて密接な関連があると考えている。またそういう立場でこの健康戦略シリーズをかいてきた。
 心的要素はさまざまな形で病気をもたらす。
例えば連れ合いに先立たれたかたの残された一方にガンの発生率が高いという研究がある。或いはストレスの多い仕事をしていると胃潰瘍とか心筋梗塞になる。精神的ショックでバセドウ病になる。このように心的要素が臓器の疾患をもたらすことは枚挙にいとまがないのだが、通常はこのようなことは関係ないかのごとく医療関係者は振舞う。少なくとも治療上は、精神的要素を考慮しなくとも投薬なり注射、処置などをすすめることができる。したがって、暗黙には心的要素が病気の原因ということを認めていても、表向きはそれほど問題にされることは少ない。
 「不安」は心的要素の一部としてさまざまな疾患にかかわるが「不安」自体が強く前面に出る疾患もある。
 例えば乗り物にのると極端に気分が悪くなるひとがいる。電車にのって電車が動き出すと、頭痛、吐き気、冷や汗、しびれ感その他の気分不快がおこってくる。乗り物酔いとは異なる。目的地で降りるころにはほとんど気を失うくらいになっている。それでも現代生活では必要があるから乗り物に乗る。これは「不安」の極端な形であるが、疾患としては稀ではない。飛行機に乗るのが怖いというひとも、あなたの身の回りにはおるだろう。
 鋼鉄の塊が地面を高速で動いたり、空を飛ぶ。理屈ではわかっても心の奥底でそんなことがありうるかとおもっている。自分が生活する日常空間をこえた感覚があるから恐怖と不安を感ずる。精神科医は「パニックディスオーダー(パニック障害)」と名前をつけている。当人にとっては便利な現代生活の手段を利用できないことになり、現実に適応できないという劣等感めいた意識に苦しむことになる。
 このパニック障害以外にも、全般的不安症、社会不安症などの疾患もある。こうした疾患は「不安」だけで直接に疾患状態を形成している場合である。

 ところで「不安」ということ自体は江戸時代とか明治のころはいざ知らず、現代では極めて一般的な感情である。もともと人間は生まれるとき、不安を植えつけられてうまれてくる。子宮の中にあって羊水に漂っているときが個人史(誕生以前も含めた生物としての一生)ではもっとも不安の少ない時である。至福の時といってもよい。時間も空間も一体となったなににも邪魔されない穏やかで豊かな世界だ。「心の平安」を願うひとが無意識に求めている究極の境地が、この羊水に浮かぶ世界だろう。誰もが経験していることだが記憶にとどめられることはない。心理学者のグロフはこの平和で変化のない究極の世界が破綻するとき、すなわち出生という大冒険に向かうとき、ひとは不安と死の恐怖を味わうという。羊水がなくなって、世界が急に狭くなる。暗い中で世界が急速に収縮してくる時の恐怖はいかばかりか。天井が徐々に下へおりてくる牢獄へ閉じ込められている心境に近いであろう。外の世界へ出て、その恐怖から解放されたときその喜びはまた大きかろう。
 したがってひとは生まれるとき不安と恐怖を体験し、またそれから開放される喜びを経験して、それを記憶の奥深いところにしまいこむ。そうした記憶は人生のさまざまな局面で呼び覚まされる。例えば、入学、就職、結婚、転職、退職などで「不安」と喜び、解放感をあじわう。

 「不安」には病的側面もあるとしても、「不安」を持つことが正常で「不安」なく過ごしていることのほうが現代では異常である。健康戦略としては「不安」をどのように手なづけ、コントロールしてゆくかということが課題となる。
 現代の「不安」は全般的に世界をおおっている。地球温暖化、人口急増、食糧危機、環境汚染、大地震の予感、テロに巻き込まれる危険などあらゆることが「不安」の原因となる。「不安」は日常の現実で日々の営為を「不安」なしに送ることはできない。 したがって、「不安」はビジネスにもなる。損害保険,生命保険などの保険はその最たる例である。さらに過剰な家屋修理とか健康器具、健康食品などの販売は、ときには中高年の不安心理につけこんだ詐欺商法になる。
 
 そうしたことは自分から遠い世界のこととおもっているひとでも、まさに老後であるこれからのことは万全で問題ないとおもっておられるかたは少なかろう。
 「不安」は心の奥底に棲みついているので、追い出すことは簡単ではない。原子力発電所が地震の直撃を受けて、放射能漏れがなくそれなりに安全であるといっても安心できない。電力会社は「安心」と「安全」が異なることを知り、説明不足だったと反省している。合理的根拠を示されると「不安」は和らげられるが、完全な解決法とはならない。不安は合理的な根拠だけで払拭できるものではないのである。

 それでは今これを読んでいるあなたの現在の「不安」はと問われると、今は特に差し迫ったものはないと思う方が大部分であろう。事業の後継者がいないとか、子供がいまだにフリーターとか、家族に病人をかかえているとか不安,悩みは当然ある。そんなことを抱えて生きてゆくのが普通だとおもっている。それでよいのだ。まさに「不安」をコントロールして生きてゆくこととはそういうことであろう。
 ときには大きな「不安」を抱えているかたもおられるだろう。そうした場合でも「不安」は出生時に植えつけられた感情であることを銘記し、その渦に巻き込まれないような冷静さを保持することがあなたの健康を良好に保ち未来を切り開くと信じる。
(この項終わり、次号に続く)



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