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2021年8月27日

中高年の健康戦略(41) 「けがの予防とアフォーダンス」富士通川崎病院 顧問 行山康

 前回のまとめで中高年の健康戦略では「生きがい」と「生存」がキーワードとなることがわかりました。そうすると新たな地平が開けてこの二つの言葉を意識しながら、さらに中高年の健康の問題を発展させて考えることができます。
 今回の「けがの予防とアフォーダンス」はこれまで述べてきた健康戦略では「歩く(1,2)」、「転倒防止(1,2) 」などが関連します。
 犬の散歩中に転倒してから健康維持のよすがとなる散歩をやめた、側溝に落ちて足を骨折し杖を突く生活となった、エスカレーターで転倒して大腿骨を骨折し、車椅子生活を余儀なくされているなど、けがにまつわる健康障害の例は枚挙にいとまがありません。またけがは場合によっては以降の人生を左右しかねない大きな問題となります。けががきっかけとなって、寝たきりと言えないまでも生活態度が委縮し、行動の範囲がせまくなることもあります。
 戦略目標はけがなどしないで天寿を全うしてゆくことです。そのためにはどのような心構えが必要でしょうか。
 年齢が進むにつれて、体力、筋力が衰えることは、実感するところでこれまでにも述べてきました。さらに転倒の際に傾いた体を元に戻す力が働かないとか、バランスをとる感覚の低下など様々な不具合が要因となります。  そうした衰えた感覚の中には空間の知覚認識に関するものがあります。

 あるパーティでワインをこぼしてしまいました。飲みかけのグラスをとろうとして、それを倒してしまったのです。赤い液体が白いテーブルのうえにパーっとひろがりました。幸いなことに、テーブルクロスはビニール製で、ボーイさんが飛んできてさっと拭き取ってくれました。
 どこでもおこる些細なできごとですが、自分は中高年の健康の衰えがここにもきているかとおもいました。机の上のグラスを取るという動作には実に多くの人間工学的な内容を含んでいます。簡単に整理しても
・グラスと自分との距離を認識する。
・肘の関節を適度に折り曲げて距離を調節すると同時に、5本の指がグラスをつかむ動作を開始する
・最初は速く、最後にはほとんど停止状態でグラスに手を近づける。
・グラスを適度の力でつかみ持ち上げ、口先に運ぶ。

 自分の手がグラスに近づいても静止しなかったため、グラスは突き倒されました。そのとき手はグラスにふれても、つかむという動作にはいれなかった。すなわち手はグラスにふれるときにはグラスをつかむという動作の準備を終えてなければならなかったのに、その準備がないままにグラスに到達した。その結果、棒で積木を倒すような事象が生じた、 ということになります。

 グラスと自分との距離を正確に知覚できなかったのか、それとも、手を伸ばすときの速度のコントロールが不十分で勢いがよすぎたのか。根本的にはワイングラスを取るという意識がすっぽぬけて、手がすうっと伸びたことが原因でしょう。以前ならば無意識であってもグラスを取る動作は可能であったはずです。
 歩いてる先に段差が見え、大き目の石がころがっています。段差では僅かに膝を曲げる角度を深くしてそこを過ぎます。石をみればほとんど無意識に瞬時に反応してよけてとおります
 こうした段差や道路の障害物で中高年がよく転倒することがあるのは、単に体が柔軟性を欠いているとか、筋力が衰えているという問題だけではありません。むしろ、そうした障害物を認知し行動する系全体が不具合となっています。特に行動以前の段階で、対象物を感知し、その存在との関係性を瞬時に感知、判断することを「アフォーダンス」といっています。
 なにやら難しい言葉がでてきたとお感じのかたもおるかもしれませんが、そんなことはありません。例えば最初に述べたワイングラスを手に取る時、ワインを入れたグラスを見て手を伸ばすとき、「アフォーダンスの知覚」(老いはこうしてつくられる、正高信男著、中公新書)が瞬時に問題なく働けば、滑らかな動作でグラスを手にとることができます。
 「アフォーダンスの知覚」は無数に分割される日常生活動作が連続する中に無意識に作動するものとして埋め込まれています。

 前掲の書で「アフォーダンスの知覚の」の例として一定の高さの棒をまたぐかくぐるかの判断について述べています。年配者ではまたげると判断した高さより低くなりがちで、すなわち自分の身体感覚と実際の可能な行動とのずれを生じているのです。
 けがの予防にはアフォーダンスの衰えにも留意する必要があります。
 例えば階段の昇降は動作に不安がなくとも一歩一歩ふみしめるように行いましょう。今まで無意識に習慣的におこなってきたことにずれが生じている可能性があります。しっかりと意識にのぼせて再度習慣づけることがアフォーダンス衰えに対処する方法です。
 自転車が耳元を掠めて走りすぎます。全然意識していなかったので通り過ぎてぶつからないでよかったとおもいます。気配を察知しなくなる衰えです。以前ですと無意識に顔をめぐらせ、あるいは風の気配、ペダルをこぐ音などを感知して、ほとんど瞬間的に自転車が来ることを予測していたのです。これもアフォーダンスの衰えでしょう。
 無意識に瞬時に行動していたことをときに見直し、特にけがの予防につとめましょう。
(この項終わり、次回に続く)



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